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福島地方裁判所会津若松支部 平成5年(ワ)121号 判決 1996年3月26日

一一三号事件原告(以下単に「原告」という)

X1信用組合

右代表者代表理事

右訴訟代理人弁護士

鈴木芳喜

一一三号事件被告(以下単に「被告」という)

東京海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

本田哲夫

田中登

一二一号事件原告(以下単に「原告」という)

X2

右訴訟代理人弁護士

中川廣之

一二一号事件被告(以下単に「被告」という)

日本火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

今泉圭二

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  一一三号事件

被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告東京海上」という)は、原告X1信用組合(以下「原告X1信組」という)に対し、一二三四万八二〇四円及びこれに対する平成五年七月一五日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  一二一号事件

被告日本火災海上保険株式会社(以下「被告日本火災」という)は、原告X2(以下「原告X2」という)に対し、二三四五万〇二五六円及びこれに対する平成五年八月六日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告X2は、平成四年八月六日、被告日本火災との間で、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)につき、次の内容の住宅総合保険契約(以下「日本火災との保険契約」という)を締結した。

① 期間 平成四年八月六日一〇時から平成五年八月六日一六時まで

② 保険金額 三五〇〇万円

内訳 建物につき二五〇〇万円

家財につき一〇〇〇万円

2  原告X2は、平成四年八月三〇日、被告東京海上との間で、本件建物につき、次の内容の住宅総合保険契約(以下「東京海上との保険契約」といい、日本火災との保険契約と併せて「本件保険契約」という)を、更新して締結した。

① 期間 平成四年八月三〇日午後四時から平成五年八月三〇日午後四時まで

② 保険金額 二〇〇〇万円

原告X2と原告X1信組は、東京海上との保険契約につき、原告X1信組を質権者とする質権を設定し、被告東京海上は、平成四年九月三日、右質権設定につき承認した。

3  本件建物は、平成四年一一月一一日、何者かによる放火(以下「本件火災」という)により焼失した。

二  原告らの主張の要旨

1  本件建物焼失による本件建物に対する保険金額

① 基本保険金

二四三四万八六〇〇円

本件建物の再調達価格は、坪当たり六〇万円が相当であり、本件建物の坪数は48.6坪であるから、その再調達価格は二九一六万円となる。

また、本件建物は建築後一五年を経過していたから、経年減価額は一五年に経年減価率1.1を乗じた16.5に再調達価格の六〇万円を乗じた四八一万一四〇〇円となる。

したがって、本件建物の本件火災当時の時価は右二九一六万円から右四八一万一四〇〇円を控除した二四三四万八六〇〇円となる。

② 臨時費用保険金 一〇〇万円

住宅総合保険普通保険約款八条は、被告らが保険金を支払う場合、損害保険金の三〇パーセントに相当する金額を一〇〇万円を限度として支払う旨規定している。本件の場合、右①記載のとおり、損害保険金額は二四三四万八六〇〇円であるから、臨時費用保険金は限度額の一〇〇万円となる。

③ 残存物取片づけ費用保険金

二四三万四八六〇円

前記保険約款九条は、損害保険金の一〇パーセントの範囲内で残存物取片づけに要した費用につき、残存物取片づけ費用として支払う旨規定している。

原告X2は、平成七年一〇月、本件建物を三九四万九〇二〇円の費用を掛けて取壊した。したがって、損害保険金は右①記載のとおり、二四三四万八六〇〇円であるから、残存物取片づけ費用保険金は限度額の一〇パーセントの二四三万四八六〇円となる。

④ 以上を合計すると二七七八万三四六〇円となる。

2  本件建物に対する保険金の配分

本件建物には、保険金額二〇〇〇万円の東京海上との保険契約と保険金額二五〇〇万円の日本火災との保険契約が締結されているから、右1の④記載の二七七八万三四六〇円の保険金を右保険金額に応じて案分することとなる。

したがって、原告X1信組が被告東京海上に請求できる保険金は右二七七八万三四六〇円の四五分の二〇に相当する一二三四万八二〇四円となり、原告X2が被告日本火災に請求できる保険金はその四五分の二五に相当する一五四三万五二五六円となる。

3  家財の保険金(一二一号事件のみに関係)

原告X2は、本件建物内に時価八〇一万五〇〇〇円相当の家財を所有していたが、本件火災により焼失した。

家財に対する保険金は八〇一万五〇〇〇円となる。

4  結論

① 原告X1信組は、被告東京海上に対し、前記2記載の一二三四万八二〇四円及びこれに対する本訴状送達の翌日である平成五年七月一五日から年六分の割合による金員の支払いを求める。

② 原告X2は、被告日本火災に対し、前記2記載の一五四三万五二五六円に前記3記載の八〇一万五〇〇〇円を加えた二三四五万〇二五六円及びこれに対する本訴状送達の翌日である平成五年八月六日から年六分の割合による金員の支払いを求める。

三  被告らの主張の要旨(争点)

1  重過失の存在

住宅総合保険普通約款二条は、保険契約者等の故意または重過失によって生じた損害については、保険金を支払わない旨を定めている(重過失が保険金不払事由であることは、原告らも争っていない)。

会津若松消防所管内の平成三年の放火は三件であったが、平成四年には一七件と飛躍的に増加している。本件建物は、平成四年五月頃、前所有者であるD(以下単に「D」という)が退去してからは空家であった。また、本件建物は施錠されていなかった。そして、本件建物の西側には本件建物で使用する灯油を供給するための大型の給油タンクが設置され、その中には灯油が存在し、第三者が放火のための灯油を容易に入手することが可能な状態にあった。したがって、原告X2としては、早期に入居し、かつ施錠をするなどして、放火されないように厳重な注意をすべきであった。

ところが、原告X2は、本件建物を無施錠のまま空家としていて放火されたから、重過失がある。したがって、被告らには本件火災に基く保険金を支払う義務はない。

2  被保険利益の不存在

本件建物の所有者は、E(以下単に「E」という)ないしは同人が代表取締役をし、原告X2が取締役をしている有限会社aであり、原告X2は名義を貸したに過ぎないから、本件建物につき、被保険利益はない。

3  公序良俗違反に基く本件保険契約の無効

損害保険契約においては、「利得禁止の原則」が適用されるので、保険価額を著しく超える保険金を不正に取得することを目的とする保険契約は、公序良俗に反するものとして、無効と解すべきである。

Eは、本件建物及び隣接して存在する工場並びにそれらの敷地(以下「本件不動産」という)を前所有者であるDから購入する際、原告X2名義で、原告X1信組から四八〇〇万円を借入れた。そして、Eないし原告X2は、本件不動産を売却しようとしていた。本件建物は、Eや原告X2等が居住することは全く予定されておらず、本件不動産と一体として売却することが予定されていた。本件建物のように、誰も居住せず、専ら買手の出現のみを待っているだけの場合には、「処分財産」として評価すべきである。この場合の評価は、流通市場における価格が基準となる。本件建物は、建築後一四年を経過しており、流通市場における価格は〇であった。そして、E及び原告X2は、このことを認識し、本件不動産を土地だけの値段で売却しようとしていた。

ところが、本件不動産がなかなか売却できず、原告X1信組への返済が重荷となってきたため、Eないし原告X2は、本件建物に火災が発生した場合に、その保険金のみで原告X1信組からの借入金を返済することができるようにするために、原告X1信組のF次長の助言もあって、日本火災との保険契約を締結し、更に、東京海上との保険契約も更新して締結した。本件保険契約による保険金が満額支払われることになれば、Eないし原告X2は、無価値の本件建物の保険金により、原告X1信組からの借入金のほとんど全部を返済することができ、本件建物を除く本件不動産をほとんど無償で取得できることとなる。このことは、損害保険における「利得禁止の原則」に著しく反するものであり、本件保険契約は公序良俗に違反するものとして無効である。

4  本件建物の価格

前記3記載のとおり、本件建物の価格は〇である。

5  残存物取片づけ費用

原告らの主張する本件建物の取壊しに要した費用の内には、基礎の解体・処分の費用が含まれている。本件契約においては、建物の基礎は保険の目的に含まれていない。したがって、残存物取片づけ費用保険金には、基礎の解体・処分に要した費用は含まれない。

本件火災が発生した平成四年における延べ面積一〇〇平方メートル程度の木造住宅の解体工事の単価は、一平方メートル当たり二四〇〇円、発生材処分の単価は、一平方メートル当たり三八〇〇円を上回らなかった。したがって、右単価に本件建物の延べ面積160.39平方メートルを乗じ、三パーセントの消費税を加算しても一〇二万四二五一円にしかならないから、本件における残存物取片づけ費用保険金は、同額を上回らない。

6  家財の価格(一二一号事件のみに関係)

原告X2が本件建物内に存在していたと主張している家財の内、キッチンユニットセット、キッチングリル、洗面台ユニット(二点)、シャンデリア及び冷暖房設備は、独立の家財としてではなく、本件建物の構成部分ないしこれに準ずるものとして扱われ、家財保険の対象とはならない。

また、原告X2が本件建物に搬入したという家財は、全て貸金の形に取った中古品で、ほとんど無価値である。

更に、原告X2の主張では、テレビは三三インチ(83.8センチメートル)とされているが、検証の結果によれば、テレビの金枠の対角線の長さは七五センチメートルであった。また、原告X2はピアノの価格を八〇万円としているが、本件建物に存在したピアノはアップライト型で、新品でも五〇万円程度しかしないものである。原告X2は、焼失した家財について、不当に過大な評価をしている疑いが濃厚である。

第三  判断

一  重過失の有無

1  検証の結果によれば、本件建物の一階南側中央の八畳洋間及びその西隣の六畳和室の天井部分が焼失している事実が認められる。この事実から、本件火災においては、右八畳洋間及び六畳和室の二カ所から出火したと認めるのが相当である。

二カ所から出火していることから、本件火災は何らかの過失により意図せずに生じた失火ないしは軽い気持ちによる火遊びの結果生じたものではなく、何らかの目的の下、本件建物を完全に焼失させようとの意図の下になされた放火と認めるのが相当である。そのような目的としては

① 本件建物の所有者ないし関係者に対する恨み

② 本件保険契約に基く保険金の取得

のいずれかと考えられる。

2  本件不動産の前所有者であるDは、平成四年五月末に本件建物から引っ越しをして本件建物を原告X2に明渡したが、同年七月末までは本件建物に隣接する工場で操業していたため、本件建物を休憩所として使用していたが、その後は本件建物の外にある郵便受けから郵便物を取るために二、三日に一回程度の割合で本件建物に立ち寄ったが、本件建物には入っていない(証人D、証人調書一四項、一五項、一八項ないし二〇項、二四項)。そして、本件建物は、Dが使用しなくなってからは空家であり、原告X2が本件建物に入ったのは、日本火災との保険契約を締結する二か月くらい前に一回あったのみである(原告X2、平成七年三月七日調書二八項、一〇〇項、同年五月九日調書七三項、七六項、七八項、八七項、九三項)。したがって、本件建物は、平成四年七月末以降本件火災が発生する同年一一月一一日までは空家であったことになる。

3  検証の結果によれば、本件建物の北側にある裏口ドアの鍵をしていない状態にした場合に隠れる部分はすすけてないが、右鍵のそれ以外の部分はすすけていた事実が認められる。

この事実から、本件火災当時、本件建物の裏口ドアは鍵がかかっていない状態にあったと認める。このことから、本件火災前後の状況は、次のいずれかであったと認められる。すなわち

① 本件建物の裏口ドアの鍵は、本件火災が発生する以前からかかっていなかったため、放火犯人は、裏口から本件建物に侵入し、放火後、裏口ドアから逃走した。

② 本件建物の裏口ドアの鍵は、本件火災が発生する以前からかかっていたが、玄関の鍵はかかっておらず、放火犯人は、玄関から本件建物に侵入し、放火後、裏口ドアの鍵を開けて裏口から逃走した。

③ 本件建物の裏口ドアの鍵は、本件火災が発生する以前からかかっていなかったが、玄関の鍵もかかっておらず、放火犯人は、玄関から本件建物に侵入し、放火後、玄関または裏口から逃走した。

④ 本件建物の裏口ドアの鍵は、本件火災が発生する以前からかかっていたが、放火犯人は玄関の鍵を所持していてこれを利用して玄関から本件建物に侵入し、放火後、裏口ドアの鍵を開けて裏口から逃走した。

⑤ 本件建物の裏口ドアの鍵は、本件火災が発生する以前からかかっていたが、放火犯人は裏口の鍵を所持していてこれを利用して裏口から本件建物に侵入し、放火後、裏口ドアの鍵を閉めることなく逃走した。

⑥ 本件建物の裏口ドアの鍵は、本件火災が発生する以前からかかっていなかったが、放火犯人は玄関の鍵を所持していてこれを利用して玄関から本件建物に侵入し、放火後、裏口以外から逃走した。

4 本件火災以前に、本件建物の玄関ないし裏口ドアの鍵がかかっておらず、放火犯人がそこから侵入して放火したのであれば(前記3の①ないし③の場合)、本件建物は、本件火災当時、施錠されていない状態であったことになる。そして、証人D、原告X2の各供述から、少なくとも、Dが本件建物に入らなくなった平成四年七月末以降、本件建物の鍵が開けられた形跡は窺われない。したがって、本件火災まで三か月以上、本件建物は空家のまま放置されていたと認めるのが相当である。火災保険との関係では、鍵が掛けられていない状態で長期間空家となっていて、放火犯人が鍵のかかっていない入り口から侵入した場合には、火災の発生について重過失があると解すべきである。つまり、本件火災が前記3の①ないし③のいずれかに該当するのであれば、本件火災は、本件保険契約との関係で重過失があることになる。

また、本件火災が前記3の④ないし⑥のいずれかに該当する場合には、前記1記載のとおり、放火犯人は本件建物の所有者ないしその関係者に恨みがあるか、保険金取得目的で放火したのであるから、そのような者が本件建物の鍵を所持していたという点で、鍵の管理に重過失があったというべきである。そうすると、この場合でも、本件火災は、本件保険契約との関係で重過失があることになる。

いずれにしても、本件火災については、重過失を理由として保険金を支払う必要はないものと認められる。

二  以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの請求は理由がない。

(裁判官加藤就一)

別紙<省略>

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